
【読み】
霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず 村肝(むらきも)の 心を痛み 鵼(ぬえ)子(こ)鳥(どり) うらなけ居れば 玉襷(たまだすき) 懸(か)けのよろしく 遠つ神 わご大君の 行幸(いでまし)の 山越す風の 独り居る わが衣手(ころもて)に 朝夕(あさよひ)に 返らひぬれば 大夫(ますらを)と 思へるわれも 草枕(くさまくら) 旅にしあれば 思ひ遣(や)る たづきを知らに 網(あみ)の浦の 海処女(あまをとめ)らが 焼く塩の 思ひそ焼くる わが下ごころ
【意味】
霞こめる春の永日が、いつとなく暮れていくように、何ということもなく心が痛むので、ぬえ鳥のごとくひそかに泣いていると、美しい襷をかけるように口にするのもりっぱな、遠くは神であらせられた天皇がおでましになっている山を越して、風が、ひとり身のわが袖に、朝夕にひるがえるので、立派な男子と思っているわたしも、草を枕とする旅ゆえに憂いを晴らす術もなく、網の浦の海女少女たちの焼く塩のように、物思いのままに燃えて来ることよ。わが心の底は。